2019年08月11日NetIBnewsの記事から。
うつや認知症の兆候を超早期に発見し、モチベーションを高める脳に改善する―。ストレス社会にぴったりの治療法が今、注目を集めている。脳波をモニターして、脳トレーニングを繰り返すことで、脳を良い状態にもっていく「ニューロフィードバック療法」がそれだ。
欧米では薬物療法に替わる精神療法として臨床応用されているが、もともとはNASA(米航空宇宙局)が、宇宙飛行士に多発するてんかん発作を治す治療法として1960年代から研究してきた心理療法。文字通り、自分の脳波を正常な状態にフィードバックするだけで、副作用もないことから、国際児童精神医学会や米国心理学会でも活用が認められている。日本では、ニューロフィードバックを普及するレジリエンスジャパン(株)(本社:東京都渋谷区、笹森俊夫社長、TEL:03-6804-2301)が、このほど設立された。
日本の臨床現場で幅広く使用されている睡眠薬や抗不安薬は、大量連用により薬物依存を生じることが知られている。背景にはメンタル不調を訴える患者が増加していることがあるが、欧米に比べて抗精神病薬の使用量が格段に多いという問題もある。
厚生労働省が3年ごとに行っている患者調査では、うつ病を含む気分障害の患者が近年急速に増えていることが報告されている。最新の平成29年調査によれば、気分障害で医療機関を受診する患者は127万人、統合失調症患者を加えると患者数は200万人を超え、この数は今なお増え続けている。
うつ病患者に対し心療内科では、SSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬)などの抗うつ薬が処方されるが、長期連用による依存症や多剤投与の副作用が問題視され、薬物療法への目は一段と厳しくなった。2017年4月には厚労省が「医薬品・医療機器等安全性情報」(No.342)を出し、問題があれば処方内容を再検討するなど漫然な長期処方をしないように勧告。中医協の診療報酬改定議論でも、諸外国と比べて抗精神病薬の処方量が多いとして、14年度改定から減算評価が行われている。
こうした薬物療法に替わって注目されてきたのがニューロフィードバックだ。ニューロフィードバックは、フィードバック療法のなかでも、とくに脳神経活動(Neuro)に特化した療法。脳波計によって特定の脳活動のパターンを獲得し、脳トレーニングでコントロールする能力を高めることで、さまざまな身体疾患・精神疾患における問題を改善することができる。脳トレーニングをわかりやすくいえば、脳内に張りめぐらされたニューロン(神経細胞)をつなぐ配線を修正する作業といえる。
都内のクリニックでニューロフィードバックを実践する精神保健福祉士の中川朋氏は、「中高年の認知症にしても、子どもの発達障害にしても、脳波を調べればかなり早い段階で発症リスクが察知できます」と話す。
中川氏は、精神保健福祉士としての顔をもつ一方で、米国仕込みのバイオ・ニューロフィードバックセラピストとしての腕をもつ。米国で20年間、ニューロ・バイオフィードバック療法および頭部微刺激療法(CES)の研究に従事した経験を買われ、東京都港区の赤坂AAクリニックのセラピストに招かれた。現在は「統合医療チーム」の一員として、うつ病、不安症、不眠症、慢性疼痛、線維筋痛症、パーキンソン病などの治療を担当している。
治療はアセスメントから始める。脳は、「ブロードマンの脳地図」と呼ばれる52種類の領域があり、1つひとつに機能がある。ニューロフィードバック療法では、まず、これらをQEEG(定量的脳波測定)と呼ばれる検査を行って脳波を評価する。脳波は周波数によって、α波、β波、θ波、δ波に分類され、リラックスしているときはα波という緩やかな波が、計算をしているときはβ波という速い波が現れるので、脳の領域ごとに周波数を調整して正常な状態にもっていくことができる。
「たとえば、イライラしているときはβ波が優位ですが、周波数を調整すれば正常な方向に誘導できます。ここで大事な点は、クスリや医療機器で調整するのではなく、脳のトレーニングによってクライアント自らが脳をコントロールできるようにすることです。そのためにもQEEG検査で事前にきちんとしたアセスメントを行う必要があります。QEEG検査を行わないで、やみくもに周波数を設定すると、不眠症になったり、暴力的になるなど逆効果になる危険があるのです」(中川氏)。
発達障害の多動性は自らを律する行動
中川氏によれば、薬を飲んだり、運動をしなくても、脳の働きを正常な方向に誘導すれば、うつやADHD(注意欠陥・多動性障害)の治療は可能で、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、不安、怒りなどの症状も改善できるという。ADHDや自閉スペクトラム症などの発達障害は、生まれつきの脳機能の発達のかたよりが原因で起こる病気だ。発達障害で不登校になる児童は44万人いると試算されているが、潜在的な児童を含めると、その数は100万人以上と見られている。
発達障害の子どもの脳波を調べてみると、前頭葉にθ波が多く現れるなどの特徴が見られるという。θ波は瞑想などの時に出る脳波で、活動がスローダウンした状態にあるので、昼間でも眠気に襲われることが頻発するが、その一方では多動性と呼ばれるように教室内を動き回るなど自らを制御できずに問題行動を起こす場合もある。
多動性について中川氏は、「これは身体を動かして眠気を覚まそうとする行動です。傍から見ると異常行動だと見られがちですが、本人からすれば自らを律する行為でもあるのです」と説明する。
ニューロフィードバックはEBM(Evidence-Based Medicine)に基づく脳医科学として米国などでは保険適応となっているが、研究が遅れている日本では保険適応はおろか、その存在すら知られていない。
そこでニューロフィードバックを普及する新会社、レジリエンスジャパン(株)は、ストレス学説を唱えたハンス・セリエ博士が設立した米国ストレス研究所(AIS)の日本支部、(一社)日本レジリエンス医学研究所(IRMJ)と提携して事業展開を行うことになった。
事業内容は、(1)QEEG検査デバイスおよびプログラムの販売、(2)教育事業、(3)受託試験―の大きく3つに分かれる。
(1)では、米国、ロシア、イスラエルからニューロフィードバック装置を輸入し、医療従事者やセラピストに向けて販売する。また、神経伝達物質のセロトニンを誘導する頭蓋電気刺激療法(CES)デバイス「アルファスティム」(米国FDA承認)の販売も行う。
(2)では、医療従事者を対象にニューロフィードバック・アナリストの養成講座を定期開催。医師、歯科医師を始めコメディカルなどにもアプローチしていく。
(3)は、快眠グッズや抗ストレス製品、癒し音楽などの効果判定を、ニューロフィードバック・システムを活用してエビデンスを提供する。このほか、健康経営に取り組む企業には、ストレスチェックのバージョンアップとして脳波検査とトレーニングを行う。
受託試験について同社の笹森社長は、「市場には快眠や抗ストレスを謳ったさまざまな製品が売られていますが、有効性については確かな評価基準がありません。ニューロフィードバックを応用すればその効果を裏付けることが可能です。体感という主観的な評価に加えて、脳波測定によりリラックス効果を客観的に評価できますので、製品価値を高めることにつながります」と話す。
医療従事者やセラピスト(非医療従事者)向けに行うニューロフィードバック講座では、不眠症、うつ病、不安症、パニック障害などの精神障害の対処法や回復プロトコルを学ぶことができる。その第1弾として8月31日~9月1日に、イスラエルから研究者を招聘し、都内で「ニューロフィードバック・アナリスト2級養成講座」を開催する。受講者には日本レジリエンス医学研究所から認定書が発行される。同事業に参画する中川氏は、アナリスト養成のポイントはQEEG検査の解析とクライアントへの指導法だと指摘する。
「ある一定の領域になると生体反応を起こすレベルを閾値(いきち)と呼んでいますが、セラピストはこの閾値をどう調整するかが難しいのです。そして、1つのハードルを越えたら次の段階に上げるという脳トレーニングに入るわけですが、脳を正常な状態に戻すまでには30~50のセッションが必要です。緻密な解析と根気のいるトレーニング。この2つをクライアントに寄り添いながらサポートしていかなければなりません。ただし、専門領域に脳医科学からのアプローチを加えることができれば、施術の幅は確実に広がります」と話す。
レジリエンスジャパン(株)では、クライアントが家庭でトレーニングができるように、イスラエルの企業に委託してオンラインでトレーニングできるシステムを開発した。費用はQEEG検査とカウンセリング費が5万円、自宅でのトレーニングが必要な場合、専用デバイスとセッション料が3カ月分で20万円となる。
ニューロフィードバックの応用は精神障害に限らない。中高年層に多い認知症も早期に発見することができる。「たとえば、認知症リスクをみる場合、MRIだと脳が委縮している画像を見て判断しますが、その段階ではある程度進行しています。QEEGであれば軽度認知症はもちろんのこと、MCI(軽度認知障害)の前段階にあってもリスクを予測することができるのです」(中川氏)。
精神障害もさることながら認知症は予備軍が多く、その数は数百万人におよぶ。超早期のリスク評価と未病対策が可能になれば、超高齢社会に入った日本の救世主となるだろう。そのためにも臨床研究を積み上げるとともに、受診窓口を全国に広げる必要がある。QEEGは医師以外の人でも操作することができるが、検査結果に基づく診断は医療行為に当たるので医師以外の人にはできない。これをクリアするためにレジリエンスジャパン(株)では、オンライン診療を活用するという。
「たとえば、医師でないセラピストなどがクライアントに検査デバイスを使ってQEEGを行います。その結果を専用サーバーに送るようにしますので、そのデータを基に医師が診断を下します。次にセラピストは医師の指示のもとでクライアントに脳トレーニングを指導し、モチベーションを高めるためのカウンセリングを行います。トレーニングによって脳がどう変化したかのデータも専用サーバーにアップされますので、トレーニングの進め方も医師の指示を仰ぎながら行うことができるのです」(笹森社長)。
つまり、ニューロフィードバックに精通した医師が1人いれば、オンラインでつながった受診窓口は全国どこでも拠点化することができ、しかも医師以外の人でも対応が可能というわけだ。ただし、受診窓口になるには同社の「ニューロフィードバック講座」を受講しなければならない。